波のまにまに。〜すなみちな日々。

すなみち@楽に生きる方法を模索中。40代ワーキングマザー。日常の思考の波間からなるべく丁寧に言葉を拾って紡ぎたいなと日々言葉を紡いでいます。

夢のはなし

昨日、3本だての夢を見ました。

朝の眠りが浅いころ、よくこういうことが起こります。

 

1つ目の夢は、受験の志望校でA判定が出た夢。

もう1つは、旅行に行っている夢。

それからもう1つは、学校の夢でした。

 

リアル感の強い夢を見た時って、しばらくぼうっと夢の余韻に浸っていたくなりませんか?

志望校のA判定が出た夢を見て目が覚めた時、「ああやっと、私はここまで来れたんだ」と、すこし感慨深い気持ちになりました。

 

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というのも、「受験シリーズ」は、私にとって割と定番な夢なのでした。
大体、あまり良い内容ではありません。

全落ちして、行ける学科がない…

進路が見つからない…

あと少しで試験なのに、勉強が全く進んでいない…

夢の中の私は、いつも不安でいっぱいでした。

 

そんな夢の話を夫に話すと「自分はそんな夢見たことない」と笑われました。

夫は勉強のことなんかで悩んだ記憶がない、だから夢にも出てこないんだろうという話になりました。

 

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なるほど、つまり私にとって、「学生時代の受験へのプレッシャー」は、今でも潜在意識に居座り続ける程度にはトラウマであったのだろう。

 

面白いのが、夢で同じ事柄を何度も体験し、反芻することで、次第に夢の中でそれが解決に向かっていったことです。

 

夢の中で「ああ、これ現実じゃないわ」と気がつくこともありました。また、「あれ?私今主婦じゃなかった?」と自分に突っ込みを入れたり、「まあ何とかなるわ」と開き直ったり…と、同じ夢を見ていくうちに、少しずつ受けるショックが和らいでいったのです。

そしてついに出たA判定!
合格も間近かな〜という気もします(笑)

 

若い頃に受けたショックや傷、そして解消されない不安。
夢に見ることで、20年の時を経て、少しずつ克服に近づいているのでしょうか。

 

夫曰く、夢を見ることと認知症は似ているのでは?と言います。
今の自分を忘れてしまって、脳の中に残った記憶が現実だと思ってしまう。そんな状態が似ている気がする、と言います。

 

日曜日の朝から、こんな話をしていました。
いまだに20年以上前のことを夢に見ている私だけれど、そんな他愛もない話に付き合ってくれた夫に感謝、なのでした。