波のまにまに。〜すなみちな日々。

すなみち@楽に生きる方法を模索中。40代ワーキングマザー。日常の思考の波間からなるべく丁寧に言葉を拾って紡ぎたいなと日々言葉を紡いでいます。

やりたいことの芽を育てよう

最近少しずつ、一つ一つはとても小さいけど、やりたいことが増えてきて時間が足りないと感じるようになりました。

 

少し前までは、趣味がない。やりたいことが特にない。急に自分の時間を与えられても困る...そんな状態だった私にとって、これは嬉しいことだと思います。

 

特にいちばんハマっているのはリングフィット。
少し前に自分の体力のなさを突きつけられて「これからは毎日やる」と決めてからは、本当になるべくですが毎日やるようになりました。

 

しかもやればやるほど体力がついてくるのか、朝30分くらいでは物足りなくなってきて、夕方又は夜に起き出してこっそりプレイしています。

 

そこで気づきました。趣味って、やればやるほどハマるんだ。逆に間が空いてしまうと途端に面倒になってやらなくなる...そんな法則があることに。

 

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私は4年くらい前までスクラップブッキング(写真と飾りをレイアウトしたもの)にはまっていて、1ヶ月に1回わざわざ遠方の教室に通うほどに夢中でしたが、ここ最近はずっと遠ざかっていました。

ある時から理由もなく徐々に熱が覚めていき、教室からも足が遠のき、壁に飾ったままの作品も取り替えないまま2年は過ぎていました。

 

でも昨日、ふと思い立って壁の作品を久々に昔自分が作った作品に変えてみたところ、「この写真、すごく可愛い」「自分の作品もなかなか悪くないな」そう思えたんです。

 

そこからふっと「材料まだたくさん残ってるし...また作ってみたいな」と自然に思うことができました。

そんな時、まさに「ふっとした思いつき」「やってみたい」「やってみようかな」...そんな些細なことからやりたいことって始まるんじゃないかなって思ったんです。

 

でも日常の忙しさに紛れて、結局やらない。やれないまま...そんな状態が続くと、やりたいことの芽はまた静かに引っ込んでしまう。それくらいやりたいことの芽って繊細だし、小さくて弱いものなんじゃないかなと思いました。

 

だからそんな小さなやりたいことの芽を大事に育ててちゃんと水をあげれば、大きくて太い木になっていくし、それが将来自分の中で何かの糧になるかもしれない。少なくともある日突然自由な時間ができて、でも何をしたらいいか分からないとオロオロするようなことにはならないんじゃないかな。

 

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話変わりますが、そろそろ引っ越しをしようと思って一時家探しをしていたことがありました。

ある日、一軒家の賃貸を見つけて、ふと「一軒家に住んだら電子ピアノくらい置いて、自分や子供が弾けるようになったら楽しいんじゃないかな」なんてその時思いました。

 

結局その家は学校からの距離のために諦めたけれど、そんなふうに環境のせいや金銭のことで諦めてることって実はたくさんあって、強制的にやりたいことの芽をつんでいる場合もあると思う。

そんな人に後から「やっとやれるようになったから、あの時のことをやっていいよ」と言っても混乱するし、当時のひらめきや思いは簡単には戻ってこないと思う。

それくらいやりたいことって繊細なものだし、運やタイミング、その時の流れなんかもあると思うんです。

 

 

だからやりたいことが見つからないっていう人は(私も含め)、日常の繊細なピンとくるものを大事に育てていって、まずはやってみて、徐々にハマっていたらいいんじゃないかなと思います。