“すげえ腹立つわ”問題について思ったこと
ネット上で話題急騰中の、こちらの記事。
怒りに任せて書いたと思われる乱暴な文体と、一方的に(おそらく彼女の中では特定の誰かが頭の中にいると思われる)母親を糾弾する過激な内容。そら叩かれるわー、というのが第一印象。
要するに
「自分の趣味とかに費やす時間があれば、目の前の子どもをしっかり見てろやバカ親が!!!」
ということらしい。
今の時代、3才児神話なんて既に古いと私も思ってます。昔に比べて女性の生き方がより自由度を増し、選択肢が増えてきた現代においては、母親が自分よりも全てにおいて子どもを優先すべき、とも思いません。
だから私も最初はこの記事に、どう反論してやろーか、そんなふうに思いパソコンの前に座りました。
・・・だけどね、反論できないんですよ。言い方はともかくとして、言ってることは正当だと気づいたから。
それをするのって、今なの?
私も好きなことをしたい人間なので、子どもが小さい今でも、“自分のために”あれこれやりたくなる、自分の時間が欲しくなる、そんな気持ちを持ち合わせてるし、痛いくらい分かります。
だけどね、何かをしたくなるたびに、「それをするのって、今なの?」って質問が、いつも頭をよぎります。 そう、たった何年かを我慢するだけでできるそれらのことを、今やるべきなの??それって本当に今しかできないこと?って。
自分が子を産む前には腐るほどあった自由な時間が、今は勿体なかったと感じます。それってつまり、“ない物ねだり状態”に陥っているのかなあ、なんて。時間がない今だからこそ、時間が欲しいと感じる。あれやりたい!これやりたい!ってなってしまってる。
つまり、今時間がないからこそ、今やりたいんですよね。テスト直前になって急に部屋の片付けをしたくなるみたいに。
少なくとも、私の場合はそうだと気づきました。
自分の欲望 vs 子どもを見つめる時間
つまり、生活のための仕事以外は、結局は自分が“やりたい”という欲望によるもの。 子どもよりも、その欲望を優先すべきか?という話だと思うんです。
結局は人それぞれだよね、という「それぞれの価値観論」にしてしまえば簡単なんですが、”子どもが自分を見てほしい時期“に、果たして自分の欲望の方を優先してもいいのか、って悩みますよね。
ま、悩むよ。人間だもの。
私もきっと悩み続けると思うけど(ていうかそこまで熱中できる何かを見つけられてる人が羨ましいくらいだけど)、何かをせねばと焦るくらいなら、いっそ潔く捨てて、子どもを見ているのもアリだなあって、最近は思うようになってきました。
母親が何かに一生懸命になってて、熱中するのっていいことだと思う。そういう生き方を子どもに見せられるから。私もなるべくならそういう外に目が向いた人間になりたい。
だけど、だけどね、子どものことを一番見ることができるのって母親だけ。父親も子育てに参加すべきという考え方とは別に、子どもの些細な変化に気づいてあげられるのは、やっぱり母親だけ。だから一時期だけでも、母親には自分の欲望よりも、子どものことを優先してもいいんじゃないかって思います。