波のまにまに。〜すなみちな日々。

すなみち@楽に生きる方法を模索中。40代ワーキングマザー。日常の思考の波間からなるべく丁寧に言葉を拾って紡ぎたいなと日々言葉を紡いでいます。

「俯瞰力(やましたひでこ)」読みました③

では、第2章 運・不運さえも越えた“もっと見えない世界”〜「俯瞰」の章〜を読み進めたいと思います!

「俯瞰力」=物事をありのまま、受け止める力

そもそも、この本が何だか難しく思えるのは、「俯瞰力」というキーワード自体、私似とってあまり馴染みがないためだと思います。 「集中力」とか「記憶力」とかだったら分かるんだけど・・・そもそも俯瞰って何よ? 俯瞰=高い所から見下ろし眺めること。いやまあ確かにそうなのだが、もっと能力的な感じに言い換えられないものだろうか。

私は、俯瞰力とはつまり「物事をありのまま受け止める力」のことではないかと思います。

2章の冒頭で、本当の意味でのポジティブシンキングについて書かれているのですが、その答えとして、「不快も罪悪感もそのまま受け止めること」とあります。

これって、さらっと書かれていますが難しいことですよね。

***

そもそも「俯瞰」の反対は、「見ないでいること」です。 私たちは、都合が悪いことや辛いもの、苦しい局面に直面すると、無意識のうちに気持ちを逃避させてしまうことがよくあります。 それは片付けの場面でも同じことが起きていて、「要らないもの」や「不都合なもの」から目を背けるために新しいものを買ってみたり、見えないところに押し込んでみたりします。 けれど、改めてその物に向き合い、「これは今の自分に不要だから処分しよう」と決意することは、自分にとっての不都合な真実に向き合い、前に進もうとしているということにもなります。 (そう、「決断」を伴うから断捨離ってパワーが要るんですよね〜)

***

ちなみに私自身も逃避することが大得意なので、胸が痛いです。 私の場合、モヤモヤを忘れるためによくやる行動は、ネットサーフィン。 特に有益な情報を得ているわけではなく、ひたすらダラダラ〜とネットサーフィン(2ちゃんねるとか見てしまう。笑)。なぜかこういうネットサーフィンって止められない!あとはお買い物かな。なんか見てるだけで気が紛れるし、欲しい物を見つけたらいつの間にか嫌なことって忘れてたりします。

こういう「逃避」の類いを全てNGにしてしまうのはあまりにも窮屈ですが(逃げることも時には必要ですし)、“今、私は逃避しているなぁ”と気づいている必要はありそう。 気づいていれば、「ありのままを見ること」にも繋がりますしね。

また、他に見ないでいる方法としては、「誰かのせいにする」というのがあります。 誰かのせいにしてしまうと、自分は楽ですよね。 だからと言ってやたらと自分を責めてばかりいるのも、違う気がしますが。

***

2章の最後では、「俯瞰力の身につけ方」として3分類のトレーニングが挙げられていました。

なんと、全ての物(概念も含めて)が大・中・小の3分類に分けることができ、分類する際の癖を知ることによって俯瞰力が身に付くそうです。

そういえば、「断・捨・離」も3つだ!すげ〜(またもや目からウロコ)

たとえば、言葉は形態によって、話す・聞く・読むの3つに分けることができる。○○によって、というところは人の価値観や物の捉え方によって変わるそう。

正直、左脳系の話が苦手な私はこの3分類がいまいちよく理解できないのです・・・ ロジックが得意な人にはウムウムと思えるのでしょうか・・・(T-T)。

以上、よく分かったのか難しいで終わったのかよく分からないところで、2章でした!

お片づけ近況

ところで、今ちょこちょこと家の中をお片づけしているのですが、すっごくくだらない物でどうしても捨てられない物があります・・・。

それは、

  1. 全然減ってくれない(泣)スクラブ
  2. 過剰なクイックルワイパーの替えシート
  3. 洗濯で縮んでしまった無印/ユニクロのセーター

くだらーん!(笑)

ああでも、他人にとってはくだらない物だろうに、なぜ私は捨てられないの? それはそれぞれに後悔の念が宿っているからですかね・・・ なんか全て、“まだ使えそう”っていうのがポイントです。

とりあえず1.と2.については、こまめにスクラブして、こまめにワイパーかけて減らしていこうと思って置いてるけど、そんな馬鹿馬鹿しいことにエネルギー使っている私って・・・。 3.はなんだか袖が短くてダサくなってしまってる。今期いっぱい着たらそれで処分しようかな。